人気ブログランキング | 話題のタグを見る

B級ブログ

himao.exblog.jp
ブログトップ
2004年 07月 07日

竹の子の日

朝、目がさめたら、頭の横に大きな竹の子が生えていた。
目を閉じて、また開いてみた。やっぱり竹の子だ。
それも大きくて立派な竹の子が、畳を突き破って生えているのである。

僕は思った。なぜ2階建てアパートの201号室に住んでいる独身花嫁募集中のこのオレの部屋に、
竹の子なんかが生えているのかと。
201号室。そう、僕の部屋は2階なのである。これは1階から生えてきたものに違いない。
そうだ。階下の様子を見てこなければならない。
そして事と次第によっては、文句のひとつも言ってやらねばならない。
アパートは人が住むところであって、竹の子を栽培するところではないはずだ。

急いでパジャマを脱ぎとばし、綿パンとシャツを着る。
サンダルをつっかけてドアを開け、廊下へ出たところで 隣の部屋の前でオロオロしている人影が見えた。
女性のようだ。
すぐに僕は顔中に「花嫁募集中」の笑みを浮かべると、彼女に近づいていった。

「あらっ、雅彦君」
雅彦とは僕の名前である。
今まで一度も顔を合わせたことがない隣の部屋の住人から、なぜ君づけで呼ばれなくてはならないのか。
不思議に思って相手の顔を見ると
「おや、詩織ちゃん」
僕が1年前まで勤めていた会社でOLをしていた女性である。
同期入社だったが、物静かであまり目立たない子だったので、特に親しく話したことはなかった。

「あの、雅彦君」
また呼ばれた。顔を見直すと、なにかにおびえているような表情をしている。
「あ、あの、あの」
何か言いたそうだが言い出せないという風情。僕は冗談めかして言った。
「もしかして、部屋に竹の子でも生えたのかい?」
「そう、そうなのよ!」
なに!? 自分の部屋だけでなく、隣の202号室にまで竹の子が生えていたとは。
聞いてみると、状況は僕の部屋とほとんど同じのようだった。

「よし、下の部屋の様子を見に行こう」
かねてからの僕の提案に、彼女はうなずいた。

階段を下りて101号室をノックする。返事がない。
ためしにドアノブを回してみると、ドアはするりと開いた。
「!」
僕と同じ6畳の部屋の、僕の部屋と同じ位置に、見事な青竹が生えていたのである。
そしてそれは天井を突き破り、僕の部屋に向かってまっすぐに伸びていたのだ。

他の部屋も調べてみたが、状況は同じだった。
このアパートの住人は、僕ら2人を除いて、いなくなっており、かわりに竹の子というか竹が生えていたのである。

「雅彦君、これからどうするの?」
詩織が聞いてくる。
「し、し、詩織ちゃんはまだあの会社に勤めているのかい? そしたら会社にも連絡しなくちゃいけないし、
親御さんなんかもホラ、し、し、心配してるといけないから」
突然の質問に、トンチンカンな返事をしてしまう。
そうだ。僕も会社に連絡しなければ。
まっさきにそう考えてしまうところが宮仕えの悲しさである。

僕はいったん部屋に戻り、携帯電話を取ってくると会社に電話した。なぜか詩織もついてきた。
何度発信音を鳴らしても、誰も出ない。
もう9時近いのに、誰も出社していないなんて、普通では考えられないことだ。
「詩織ちゃんの方はどう?」
彼女は僕の携帯を使った。どうやら自分の部屋に戻って竹の子と対面するのが怖いようだ。
何度か電話をかけた後、彼女は首を横に振った。
「そうか…」

僕らはしばらく話し、外に出てみることにした。あたりの様子を見てまわる以外に、いい案を思いつかなかったのだ。
駅に向かって歩く。普段なら勤め先に急ぐ人の群れで一杯のこの時間に、人っ子1人いない。
車も1台も動いていない。
駅の中も見てみたが、誰もいなかった。
このうららかな日差しの中、動いているものの影はなく、体験したことのない静けさが僕らを包んでいた。

公園のベンチに座って、遅い朝食を食べながら、僕らは途方にくれていた。
食べ物や飲み物は近くのコンビニで手に入れた。お金はカウンターに置いてきた。
「いったいどうなっちゃったの?」
「それはこっちが聞きたいよ」
さっきから何度も同じ会話を繰り返している。
あたり中のドアというドアをたたいてまわったが、無駄だった。
反応がないか、たまに鍵が開いていても、中には竹が数本生えているだけ。
徐々に日は傾いていく。

「そうだ!」
昼食を摂ったあと、ふいに思いついた。
「このへんで、一番高いところに登ってみれば、何か分かるんじゃないかな?」
「一番高いところって…」
詩織があたりを見回す。
「あの山、かしら?」
数キロ先に、小高い山が見えた。ちょうどお椀を伏せたような形で、丘といったほうがいいような小さな山だ。
宅地造成の波に取り残されたように、そこだけ緑が残っている。
「よし、行こう!」

道々、僕らはお互いのことを話した。話すことはたくさんあった。
僕が転職した理由、彼女はまだ前の会社で働いていること、同期入社時の研修であったハプニング。
そして2人とも、恋人と言えるような人はいないこと。
しかし共通の知人や身内の話は2人とも避けていた。
彼らが今この瞬間どうなっているのか、考えるのが怖かったのだろう。

日が西に傾いた頃、僕らはその山の頂上に立っていた。
そこから見下ろすと、さして大きくないこのベッドタウンを一望できた。
なんの変哲もない町の風景。だが、そこには何の動きもなく、横にいる詩織の呼吸さえ聞こえるほど静かだった。

不意に詩織が僕の腕につかまってきた。
「これから、どうなっちゃうんだろう」
僕に答えられるはずもない。
僕は救いを求めるように、あたりを見回した。

竹林の奥に、小さな神社というか、社が建っていて、なにかの神様が奉られていた。
僕は詩織をうながして、社を調べ始めた。
古い社で 最近は手入れもされてないらしく、荒れ放題だ。
ご神体を祭っている祠の扉もはずれてなくなってしまっている。
覗き込むと、薄暗いなかに、円錐形の物体が安置されていた。
見ようによっては、竹の子にみえなくもない。
そのあまりにホコリだらけの姿を見るに見かねて、僕はポケットティッシュでそれを拭いた。
作業に集中していると、横からハンカチを持った白い手が伸びてきた。
詩織だった。
「むこうで手水処を見つけたのよ」
ハンカチは水に濡らしてあった。
僕らはしばらく、祠の掃除に熱中した。

その最中、祠のすみにお札が2枚置いてあるのを見つけた。不思議なことに、お札はホコリをかぶっていなかった。
厚手のお札ではあったが、しょせんは紙製。風に飛んでしまわなかったのは奇跡のようなものだ。
1枚を詩織が手に取る。
残りの1枚を手に取って調べてみた。見たこともない文様が描かれており、上端にヒモのようなものがついている。
絵馬のようにぶらさげて奉納するのだろうか。
ふと横を見ると、詩織がお札を持ったまま、目を閉じている。
その姿は なにかを熱心に祈っているようにもみえる。
僕も沈み行く夕日を見ながら、いつしか心の中で、ある願いを唱えていた。

「そういえば、今日は七夕だったね」
われながら陳腐な思いつきではあったが。
「このお札、近くの笹に結んだらどうかな」
このアイディアは、思いもよらぬ歓迎を受けた。
「あら、素敵な考えね」
僕らは2人で一緒にお札を笹に結びつけた。
そのとたん、世界がグラリと揺れたような気がした。と、僕は気を失ってしまった。


日もとっぷりと暮れ、星がまたたく山道を、僕たちは手をつないで降りていた。
眼前には住み慣れた町の明かりが煌々と灯っている。
自動車の走る音がする。もうじき人々の喧騒も聞こえてくるだろう。
さっき詩織が何を願ったのか僕は知らない。
だが、あのお札を2人で一緒に近くの笹に結びつけたとき、何かが変わったことだけは間違いない。
僕は夜空を見上げた。
晴れ渡った夜空に、天の川がくっきりと見えた。
織姫と彦星は1年に1回の邂逅を無事にとげていることだろう。
そして1年ぶりに出会った僕たちも。
傍らの詩織を見る。彼女もこちらを向いて、微笑んだ。その笑顔に向かって問いかける。
「さっき、何をお願いしたんだい?」
「ふふ、秘密よ。あなたこそ何をお願いしたの?」
問い返されて少し焦る。
「きっと、君と同じことだよ」
照れ隠しに再び夜空を見上げると、星たちは優しくまたたいていた。

by himaohimao | 2004-07-07 00:12 | ショートショート


<< URL占い      洗濯機クッキング >>