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2004年 07月 21日

灯台の幽霊

初めから嫌だったのだ。心霊スポットに行くなんて。
彼女が強引に誘うから、仕方なくついて来たのだ。

昼一杯かけて列車に乗って、こんな田舎の漁村まできて、小さな旅館に宿を取り、遅い夕食を摂ったらすぐに夜道を強行軍である。
Tシャツからむき出しになった腕が、さっきから蚊に食われている。もういいかげんにして欲しい。

「おい、その灯台とやらは、どこに現れるんだい?」
たまりかねて、彼女の背中に問いかけた。
「もうすぐよ。この小道をもう少し行って、松林を左に抜けると見えるはず。」
元気な声が返ってきた。
左手に持った地図を、右手の懐中電灯で照らしている。
その照り返しが映し出す彼女の横顔は、いつになく生き生きとして見えた。


事の起こりはこうである。
オカルト好きな彼女が、また新しい情報をクチコミで仕入れてきたのだ。
田舎の漁村に1年に1度、灯台の幽霊が現れるというのである。
その漁村はさびれており、今では漁に出る人もいなくなったため、古くなって危険な石造りの灯台は、数年前に取り壊されてしまったのだ。
しかし、毎年 お盆になると、一晩だけ、姿を現すのだそうだ。
彼女が言うには、昔を懐かしがって現れるということだった。

「その日はお祭りもあるしさ~、ね、行こうよぉ」

石でできた建物が、意識を持つなんてありえない。
そんなものに興味を抱くなんてどうかしている。
そんな僕の反論は、いつものごとく却下された。
その挙句が この有様なのだ。


「どうせまた、何も起こりゃしないよ」
僕の言葉に彼女が口を尖らせる。
「あなたってば、ホントに夢がないんだから」
真っ暗な夜道を歩きながら、彼女がため息をつく。
まあいい。真偽のほどは、すぐに分かるはずだ。

「ここよ。ここを左に曲がるの。」
曲がると言ったって、別れ道などどこにもない。
彼女は強引に松林に分け入ってゆく。
僕もあわてて追いかけた。
こんなところに懐中電灯ひとつで置いていかれたのではたまったもんじゃない。
朝まで蚊に食われ続けることになる。

顔といわず腕といわず、松葉に叩かれながらしばらく行くと、突然 視界が開けた。
目の前の地面が上り坂のまま先細りになり、岬になっているのだ。
その下には、海。
そして岬の突端には、月の光に照らされて、確かに、古い石造りの灯台が建っていた。

おそるおそる近づいて調べてみると、入り口の鉄扉の錠が腐っていることが分かった。
軽く押すと、すごい音をたててきしみ、開いた。
彼女にうながされて中にはいる。
本当に小さな灯台らしく、壁から突き出した石段が、上の部屋までらせん状に続いているだけで、他には何も見当たらない。

「ね、登ろ」
冗談ではない。幽霊かどうかは別にしても、こんな古い石段、いつ崩れるか知れたものではない。
そう言おうとする前に、彼女はさっさと石段を登りはじめていた。
思ったよりしっかりした造りらしい。
僕もやむなく後を追った。

石段を登りきると、かつては毎晩灯りが灯っていたであろう小部屋に出た。
周囲は窓ガラスもなく、ところどころ柱にさえぎられるだけで、あたりの風景が余すところなく見渡せた。


突然、周囲に閃光が走った。
それから一瞬だけ遅れて、ドーンという破裂音。
あまりのタイミングのよさに、僕はあやうく悲鳴を上げるところだった。

再度 光と大音声。
どうやら祭りの花火がはじまったようだ。
目を凝らすと、浜辺で ハッピとねじり鉢巻の男達が、威勢よく動いて花火を打ち上げているところさえ見えるような気がした。
僕らは寄り添うようにして、海辺に照り映える花火を、飽きることなく見つめた。



僕らはさびれた駅で、帰りの列車を待っていた。
今日中には街に帰らなくてはならないのだ。
幽霊ならともかく、現実の人間には、しなければならないことがある。
心霊ごっこは終わりだ。

だが、どうしても腑に落ちない点がある。
僕は駅員に聞いてみることにした。

「松林の岬にある灯台って、いつごろ取り壊されたんですか?」
「へ? ありゃあまだあのまま建ってるよ」
「でも話では、数年前に取り壊されたって…」
「ああ、そういう話もあったけどもね、取り壊すにも金がかかるし、ほったらかしてあるんだわ。
 かわりに お盆祭りを取りやめたんで、この時期はさみしくてねぇ」
「え、僕ら、昨日の晩に、花火を見たんですけど。浜辺から打ち上がってました」

とたんに駅員の顔がいぶかしげなものに変わった。

「あんたらもかい。毎年 盆祭りの晩になると、花火の幽霊を見たっちゅう人が絶えんでのぅ」

by himaohimao | 2004-07-21 06:32 | ショートショート


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